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私が入院するかもしれないという知らせを聞いた娘と息子の嫁が、「おとうさんみたいな人が入院なんかしたら、本当にもう元に戻れなくなる」と言って新潟まで説得にやってきた。
そして、二人の共通の知り合いである、東京の凄腕の鋪師を連れてくるという。
嫁は、その鋪師の治療によってひどいわりが一度で治り、その後も超安産、しかも以前はひどくむくみやすい体質だったのが代謝のよい体に変わったという。
娘も、この人の治療を一度受けると、体の軽さがぜんぜん違うから、と熱心に勧める。
私は、正直にいえば、鋪なんかで自分のこの地獄のようなつらさが軽減するとは到底思えなかった。
自分は注射針で治療をしていたくせに、いったん患者の立場になると「そんな鋪で俺が治せるものか」と疑っていたのである。
しかし、彼らの熱心な説得に反対するほどの気力もなく、とりあえず一度だけと言って、その鋪師の治療を受けてみることにした。
十一月、新潟にやってきたその鋪師、S先生を見て、私は仰天した。
北国の新潟はもうだいぶ冷え込んで、すっかり冷え性になってしまった私などは、分厚いセーターを着込んでいる。
ところが、彼は半袖のTシャツ一枚で、「僕はぜんぜん寒くないんですよ!」と意気揚々としているのだ。
彼の鋪は、いわゆる経絡にそって針を順番に刺していくという一般的な鋪灸治療とは一線を画す、独特の「気功鋪」であった。
彼は「毒出し鋪」と呼んでいた。
いまでこそ、毒出し・デトックスという言葉が一般化したが、この時分はまだ誰もそんな言葉を口にしていない。
にも関わらず、その概念を自ら作り出し、治療で実践していたのである。
「僕の治療は毒出しだから。
体調の悪さは、すべて心身に溜まりきった毒のせいなんだから、それを抜けばいいだけだよ。
鋪は、その手段にすぎないからね」と、のっけから宣言する。
そして、私の体を仔細に診て、「あ−、おとうさん、これは毒でパンパンだよ。
これだけ溜まってれば相当苦しいでしよ。
うつになるのは当たり前だって。
何?ガンの患者さんを毎日、何人も治療していた?心不全の後も?そりゃ無茶やるなあ−。
でも大丈夫だから!ちょっとは時間かかるかもしれないけど、これくらい必ずよくなるよ」やたらハイテンションなのだが、治療家として体を見る目はあるように感じられる。
いかにうつの私といっても「毒でパンパン」発言には、思わず笑ってしまったほどだ。
実際に、治療が始まると、まず私の足先を触って言う。
「これだけ足が冷えているのは、毒が溜まっている証拠。
人間は、毒がたまってくると、溜まっている場所が冷えるんだよ。
だから、その場所は重点的に温めてやって、毒を出していかないといけない。
今日から毎日、半身浴をして、シルクの五本指靴下を重ね履きしてください」そして、鮮やかな手つきで鋪を体の前面から順に刺していく……と、これが全然痛くないのである。
私の治療は、痛くて有名だった。
みな、半分涙を浮かべてときに絶叫しながらも、よくなるために頑張っている。
思わず、「あんたの鋪はぜんぜん痛くないんだなあ」と言うと、「鋪は毒を効率よく抜くために打っているだけだから、一番痛くない小児針でいいの、僕の場合は。
要は、鋪を通して気を入れてやるの。
で、毒を出す。
ほら、おとうさんの毒もパンパン出て来たよ−、独特の匂いがあるでしょ。
ゲホッゲホッ。
あ、毒を吸い込んだから、セキが出てきた。
こういうセキも毒出しだからね、いまおとうさんの毒が僕に入って、セキとして出てきたわけ」毒が出てくるといっても、目に見えて何かが出るわけではない。
ただ、私も患者さんに注射針を打つと、一種の臭気のようなものが発せられてくるのを経験していた。
その匂いは、患者さんの症状が重ければ重いほど強いことが多かったため、S先生の言っていることには一理あるように思われた。
こんな具合で治療は進んでいくのだが、確かに彼が鋪を刺したあとは、体がじんじんと温まって気持ちがらくになった。
久しく忘れていた汗が、全身からじんわりと出てきた。
それに、なんといっても体が軽い。
こんな快適な体は、いったい何カ月ぶりだろうか。
彼の腕前を認めた私は、以後月に二回の割合で、治療に来てもらうことにした。
治療を受けると、「もう死んでしまいたい」という絶望的な気分はなくなり、体にも多少の活力が出てくる。
ただし、その効果はずっと続くわけではなくて、一度治療を受けて調子のよい日がその後二日ほど続いたあとは、ふたたびぐったりだるくなる、というサイクルである。
年明けに息子夫婦が、孫を連れて新潟へ来たときは、ちょうど体調が最悪のときだった。
こういうときは、人と話すことだけではなく、会っていることすらもつらくてたまらない。
「悪いけど、帰ってくれないか」一歩進んでまた戻ると思わず息子に言うと、彼は激怒した。
「こっちだって心配して遠くから来ているのに、その言い草はないだろう」というわけである。
私がうつになってからは、かなり気を遣って、以前のようにきついことはだいぶ言わなくなっていた息子であるが、このときばかりは感情を抑えられなかったようである。
息子にこう言われると、以前ならカツとなって言い返していたものだが、当時の私にはそんな気力は微塵もない。
「自分はなんて情けない、ダメな人間なのだろうか……」と余計に落ちこみ、寝室にすごすごと引き返す。
また、出版関係者の中でも親しい人たちは、よく電話をかけてきて様子を尋ねてくれていた。
ときには新潟まで足を運んでくれたこともあった。
しかし私は、ものの五分も対面していると、ドッと疲れが出てきて、「すまん、もう休む」ということになってしまう。
このような日々を繰り返しながらも、私は最悪の状態からは脱却していった。
自分なりにできる努力はすべてやったように思う。
まずは、それまでのカラスの行水さながらの早風呂を改めて、じっくりと汗が出る「気持ちがいい」を継続すると心身が軽くなる湯船につかるようにした。
そしてとにかく足を冷やさないように、S先生に言われたとおりにシルクの五本指ソックスをはき、さらにその上からウールのソックスも重ね履きもしていた。
足が冷えていると気持ちがイライラと落ち着かなくなることに気づいたため、かなり真面目に実行したと思う。
体から出る毒をいちばんよく吸い取ってくれるという、シルクのパジャマや毛布なども、廉価なものを探して取り揃え、考えうる限りの「毒出し」体制を整えていたのである。
こうした中から私が強く感じたのは、「気持ちいいこと」つまり「快適さ」の威力である。
S先生の治療を受けると、体がポカポカとして同時に重石がスーツととれたように軽くなる。
こうした感触は、本当に気持ちがいい。
また、人に触れられることがどんなにリラックスできるかということもはじめて知った。
一人で部屋の隅でうずくまって寝ているよりも、よほど休まるのである。
先生の治療日までに気持ちが落ち込んできたときは、風呂につかって汗を出すことにしている。
不安と苦痛でガチガチこわばっていた体が、治療によって血の巡りがよくなってほぐれてくると、体ばかりか気持ちまでバツと明るくなる。
治療には、体がゆるんで楽になり、さらにそのあと心も楽になるというサイクルが存在したのだ。
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